渋川清彦の経歴(結婚・嫁画像)バンドと俳優を両立 | スイミージャーナル

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渋川清彦の経歴(結婚・嫁画像)バンドと俳優を両立

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渋川清彦さんは、映画にドラマに活躍する名バイプレーヤーですね。

俳優になる前はメンズノンノ等でモデルをしていました。

バンドマンとしても活動しているようです。

そんな多彩な才能を持つ渋川清彦さんの経歴・結婚などを調査しました。

 

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渋川清彦 経歴 結婚

氏名:渋川清彦(しぶかわきよひこ)

本名:田中清彦

旧芸名:KEE

生年月日:1974年7月2日

出生地:群馬県渋川市

身長:175㎝

血液型:A型

最終学歴:群馬県立渋川高等学校卒

(東京コミュニケーションアート専門学校中退)

事務所:ディケイド

 

渋川清彦さんは

渋川市立金島小学校

渋川市立金島中学校

群馬県立渋川高等学校

を卒業しています。

2006年に変更した芸名の渋川はこの地元から来ています。

高校卒業後にプロのバンドマンを目指し、

東京コミュニケーションアート専門学校に入学。

その後、モデルとして活躍され、

1998年に映画「ポルノスター」で俳優デビュー

2013年「そして泥船はゆく」で映画単独初主演します。

2018年NHK大河「西郷どん」

2019年映画「閉鎖病棟」

現在は映画、ドラマなど、多くの作品に出演。

ラジオ高崎『AirPlace』でパーソナリティも務めていますね。

2014年には結婚されていて、お子さんも生まれています。

上京~モデル時代

バンドでプロを目指していた渋川清彦さんですが、

僅か1年で東京コミュニケーションアート専門学校のドラム科を退学してしまいます。

しかし19歳の時に、地下鉄の茅場町の駅で電車を待っている時、

「写真撮っていいですか?」と外国人に声をかけられました。

それが、ちょうど来日していたアメリカ人写真家のナン・ゴールディンさん。

その後、連絡先を好感し、「TOKYO LOVE」モデルデビューしました。

「TOKYO LOVE」というのは、

写真家の荒木経惟さんとナン・ゴールディンさんがコラボした展覧会で、

それに合わせて同名の写真集が世界でも発売されました。

その後、ナン・ゴールディンさんに連れて行かれたジャズバーで、

写真家のホンマタカシさんと出会ったことから、

「KEE」という名前で雑誌のファッションモデルとしてデビュー

「MEN’S NON-NO」「smart」などで活躍します。

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俳優 バンドマンとの両立

そんな渋川清彦さんですが、1997年には「踊る大走査線」で、

俳優としてデビューします。

モデルから俳優へ転向かというと、そういう訳でもなく、

雑誌のモデルをやっている中で、俳優のオーディションがあり、

その流れでドラマや映画に出るようになったそうです。

当時は明確な意志はなく、

売り込みの一つとして芝居をする仕事があった」と言っていました。

その後、流れに身を任せてたどりついてみるといつのまにか

名バイプレーヤーの位置にいたという。

渋川清彦さんは、現在のポジションには十分に満足しているようで、

「役者を始めた頃は全くビジョンがなかったから、

これが仕事になって、大きな挫折もなく、

細く長くやり続けられているのはありがたいです」と語っています。

主演には興味がなく、忙しいのは好きじゃないそうです。(笑)

 

また、バンド活動は今も続けています。

サイコビリーバンド"DTKINZ ドトキンズ"のドラムとしての活動しています。

ちなみにバンドマンなのに歌が苦手だそうです。

途中で一度バンドマンの夢から外れたのに、モデル・俳優を経て、

夢を叶えていたなんて、素晴らしいですね。

渋川清彦さん、これからますますの活躍を願っています!

 

以上、渋川清彦さんの経歴や結婚・バンド活動などを調べました。

 

 

 

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