阿部慎之助の経歴,通算成績(安打数,盗塁阻止率)契約金10億円の噂は本当? | スイミージャーナル

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阿部慎之助の経歴,通算成績(安打数,盗塁阻止率)契約金10億円の噂は本当?

更新日:

プロ野球・巨人の阿部慎之助捕手(40)が今季限りで引退する意向を固めたと報道されました。

長年ジャイアンツを支えた名捕手でした。

2000本安打や400本塁打など記録にも残る打者でしたね。

契約金が10億円?とも噂になりました。

阿部慎之助選手の安打数や盗塁阻止率、通算成績や最高年俸など色々調査しました。

阿部慎之助 経歴 プロフィール


氏名:阿部慎之助(あべしんのすけ)

身長:180㎝

体重:97kg

生年月日:1979年3月20日

出身:千葉県

学歴:安田学園高→中央大

阿部慎之助選手は、小学生より地元の軟式野球少年団で野球を始めます。

高校は安田学園高等学校に進学し、通算38本塁打を放ちますが甲子園出場はしていません。

高校卒業後、中央大学に進学、通算5本塁打、ベストナイン選ばれました。

2000年9月にはシドニーオリンピック代表に選ばれました。

2000年のドラフト会議において逆指名で読売ジャイアンツに、捕手として入団します。

1年目から開幕スタメンに名を連ね初打席初安打初打点を記録、13本塁打を放ちました。

その後も常にスタメンで出場し続け、打率は3割前後本塁打30本前後を打ち

首位打者1回 打点王1回 ベストナイン9回 ゴールデングラブ賞4回受賞しています。

晩年は首痛や椎間板ヘルニア、肩痛などで満身創痍になりながらも、

一塁手転向や、交流戦のDH、ここ一番の代打などで活躍します。

 

安打数や盗塁阻止率などの通算成績

捕手としての2000本安打達成は、

野村克也さん、古田敦也さん、谷繁元信さんについで4人目です。

全員監督になられているので、おそらく阿部慎之助選手も・・。

盗塁阻止率も3割超えれば良い方と言われていますが、

阿部選手はほとんどの年で3割を超えていますね。

強肩と言われた古田さん(最高阻止率.644)や城島さん(同じく.504)

ほどではないにしても、悪くない数字ですね。

年度別成績

2001 年 打率 .225  安打 87    本塁打 13  打点 44  盗塁阻止率.353

2002 年 打率 .298  安打 133  本塁打 18  打点 73  盗塁阻止率.400

2003 年 打率 .303  安打 95    本塁打 15  打点 51  盗塁阻止率.361

2004 年 打率 .301  安打 114  本塁打 33  打点 78  盗塁阻止率.321

2005 年 打率 .300  安打 143  本塁打 26  打点 86  盗塁阻止率.264

2006 年 打率 .294  安打 133  本塁打 10  打点 56  盗塁阻止率.443

2007 年 打率 .275  安打 137  本塁打 33  打点 101   盗塁阻止率.286

2008 年 打率 .271  安打 116  本塁打 24  打点 67  盗塁阻止率.367

2009 年 打率 .293  安打 120  本塁打 32  打点 76  盗塁阻止率.325

2010 年 打率 .281  安打 140  本塁打 44  打点 92  盗塁阻止率.371

2011 年 打率 .292  安打 114  本塁打 20  打点 61  盗塁阻止率.328

2012 年 打率 .340  安打 159  本塁打 27  打点 104   盗塁阻止率.351

2013 年 打率 .296  安打 125  本塁打 32  打点 91  盗塁阻止率.368

2014 年 打率 .248  安打 114  本塁打 19  打点 57  盗塁阻止率.273

2015 年 打率 .242  安打 83    本塁打 15  打点 47  盗塁阻止率.500

2016 年 打率 .310  安打 104  本塁打 12  打点 52

2017 年 打率 .262  安打 119  本塁打 15  打点 76

2018 年 打率 .247  安打 49    本塁打 11  打点 46

2019 年 打率 .299  安打 46    本塁打 6    打点 26

プロ通算成績

通算打率 .284

通算安打 2131

通算本塁打 405

通算打点 1284

通算盗塁阻止率.348

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最高年俸は 年俸推移

阿部慎之助選手の年俸はどうだったのでしょう。

メジャーリーグに行った松井秀喜さんの最高年俸は13億円

同じくメジャーに行ったイチローさんの最高年俸は18億円でした。

阿部慎之助選手の年俸推移は、

 

2001年 1300万円

2002年 3800万円

2003年 7800万円

2004年 7500万円 

2005年 1億2000万円

2006年 1億4000万円

2007年 1億4000万円

2008年 2億4000万円

2009年 2億7000万円

2010年 3億5000万円

2011年 4億円

2012年 4億円

2013年 5億7000万円

2014年 6億円

2015年 5億1000万円

2016年 3億2600万円

2017年 2億6000万円

2018年 2億1000万円

2019年 1億6000万円

最高年俸は2014年の6億円ですね。

 

そして・・契約金は、

契約金10億の噂は

阿部選手は、契約金が10億だったという噂があります。

実はこれは、噂ではなく、球団も認めた事実だったのです。(金額は推定

阿部選手が入団した2000年頃はプロ野球の契約金に関しての規則が緩く、

毛委託金に関して、規約ではっきりと決まっていたわけでは無いそうです。

1993年にプロ野球は社会人と大学の選手が入団する球団を選べる

逆指名制度(後の自由獲得枠、希望入団枠)を導入しました。

これに伴い、球団間の争奪戦で契約金が高騰するのを避けるため、

新人選手の契約金の最高標準額を

1億円(94年から1億円プラス出来高払い5000万円)と12球団で申し合わせたそうです。

球団の言い分は申し合わせただけで、目安ととらえていたらしいです。

うーん。これは厳しいですね。揚げ足取りみたいな感じですね。

2007年に西武と横浜が1億5000万以上の契約金を選手に支払いが発覚し、

厳重注意を受けました。この事がきっかけで自由獲得枠が撤廃されました。

今現在は、厳しく1億円+出来高5000万円に決められているそうです。

2012年の報道によると、阿部選手が最も多く10億円、

高橋由伸さんと野間口さんが7億円、

上原浩治さんが5億円プラス功労金1億2000万円、

二岡智弘さんが5億円プラス功労金7000万円及び別の出来高3000万円、

内海選手が2億5000万円だと朝日新聞は報じていました。

すごいビッグネームばかり出てきますね。

他球団も含めて、あの時期に自由獲得枠で入団した選手は結構貰っていたのかも・・

まあ、選手は悪くないですよね、裏金でも何でもないし。

 

何はともあれ、阿部選手、現役引退お疲れ様でした

しばらくゆっくりして下さい。

以上、阿部慎之助選手のいろいろな事の記事でした。

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