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沖澤のどか(指揮者)wiki風プロフや経歴など なぜ指揮者になった?

更新日:

日本人女性が快挙です。

世界的な指揮者の登竜門「ブザンソン国際若手指揮者コンクール」で

日本の沖澤のどかさんが優勝を果たしました。

沖澤のどかさんの経歴やプロフ、なぜ指揮者になったのかなどの記事です。

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沖澤のどか プロフィール

氏名:沖澤のどか(おきざわのどか)

生年:1987年生まれ、32歳

出身:青森県三沢市出身

学歴:東京藝術大学音楽学部指揮科卒業

好きな俳優:松重豊

姉の沖澤直子さんはプロのチェリスト

小学校では合唱部、中学はバスケ部、高校では吹奏楽部に入っていました。

小学5年から高校卒業まで青森ジュニアオーケストラに所属。

青森県立青森東高校卒業後、東京藝術大学に入学します。

卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞し、新卒業生紹介演奏会に出演。

同大学院音楽研究科指揮専攻修士課程修了。

現在ハンス・アイスラー音楽大学ベルリン在学中。

2018年東京国際コンクールの指揮部門第1位

2019年ブザンソン国際若手指揮者コンクール優勝

沖澤のどか 経歴 楽器

沖澤のどかさんが音楽と出会ったのは3歳の時だそうです。

母親が趣味でピアノを習っていてその教室に一緒に行っていたそうです。

姉の直子さんもピアノを習っていたので家にピアノがあり、自然に弾くようになっていきます。

ピアノに夢中になってしまい椅子から引き離すのが大変だったそうです。

小学校3年生の時に母方の叔父の影響で、姉妹でチェロも習うようになります。

姉の沖澤直子さんはその後、プロのチェリストになり活躍しています。

沖澤のどかさんは高校入学と同時にオーボエも始め、姉や叔父と合奏を楽しんでいたそうです。

音楽に囲まれた環境だったのですね。

ピアノ ⇒ チェロ ⇒ オーボエ と習っていったのですね。

チェロとはこんな楽器

チェロ
バイオリンに似た大形の擦弦さつげん楽器で、弦は四弦。

低く荘重な音色をもつ。奏者は椅子に座り、床に立てて演奏します。

 

オーボエとはこんな楽器

オーボエ
木管楽器の一種であり、ダブルリードで発音する円錐管の楽器です。

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なぜ指揮者へ 挫折を経験し コンクールで優勝

4つ上の姉が高校から音楽科に進んでいましたが、

沖澤のどかさんは音楽とは無関係の青森県立青森東高校に通っていました。

吹奏楽部には入っていましたが、将来的には音楽は楽しむ程度にして、

普通の大学に進学しようとし考えていました。

ところが、高校2年生の冬に10日間ほど短期留学した、

オーストラリアでのホームステイが、沖澤さんに変化がもたらします。

「皆と同じように普通大学に行くものと思い込んでいたけれど、

別にそうじゃなくてもいいかな、やっぱり音楽をやりたいな、」

と思うようになったそうです。

受験まで1年しかなかったので、楽器での受験を諦めて、

指揮科でなら1年の勉強で受かると思い、東京藝術大学の指揮科見事合格しました。

ところが、入学後に指揮の入門者だった沖園のどかさんは、厳しい指導について行けず、

半年ほど休学してしまいます。

その後復学し、色々な指導者と出会いを経て、前向きになったそうです。

沖澤のどかさんは後に、

簡単そうだと思ってはじめたら、とんでもなかった......

と笑いながら話していました。

幼い頃から音楽に精通していても、1度挫折したんですね。

でもその後の復活はやはり、音楽が好きだったからでしょう。

大学卒業後は大学院に進学、その後ベルリンの音楽大学で学びました。

そして2018年東京国際コンクールの指揮部門で、

日本人としては18年ぶり、女性では初の第1位となります。

2019年9月に国際若手指揮者コンクール優勝しました。

同コンクールは1959年に小澤征爾さんが優勝した若手指揮者の登竜門で、

日本人の優勝は10人目になります。

沖澤のどかさんは、電話取材に対して、

「大きなコンクールで優勝できたのは、本当にうれしい。

十年以上支えてくれた家族、

結果が出ない時も励ましてくれた先生や友人のおかげ。

これからも自分のペースで、音楽活動を続けたい」

と話しているそうです。

あの世界のオザワと言われた小澤征爾さんのように、

将来世界的な指揮者になる事を期待してしまいますね。

沖澤のどかさん、おめでとうございます!これからも応援します!

以上、沖澤のどかさんの記事でした。

 

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